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近鉄バス百科 車両篇1(車両史)
車両史 1971〜74年式
【1971年式】 RE140・・・この年からさらに仕様が変わっています。まず、後扉が引戸になり、この関係で左側面のエンジンルーバーがなくなり、代わりに後面のルーバーが2つに増やされています。また、乗降扉の「入口」「出口」表示のサイズが小さくなりました。後面の方向幕は廃止されています(70年から?か詳細不明)。これは当時、ワンマン化の進展に伴い、手動式であった幕の変更の手間を省くためと思われますが、サービス面からは後退していると言わざるを得ません。この年は4次に亘って導入されています。なお紙幣両替機能をもった運賃箱(NEC製、松原に残る)はこの年式までは装備対象から外されていたようです。車体は金産製。
余談ながら、この年からは登録番号が「大阪2あ」の事業者割り当て制(近鉄は8000番台)から、「大阪22あ」となり、登録順に番号を与える方式に変わっています。
【1972年式】 RE140/100・・・72年式での変更点は、側面第2柱(つまり前扉および運転席窓脇)のウインカーが廃止、前面左隅の小窓もなくなりました。このため、前面のウインカーの位置は通常のヘッドライト上に変わっています。この他、この年式までは前後面にマーカーランプが装備され、前が青、後が橙のものだったということです。窓のHゴムは白から黒になっています。なお、ショート車のRE100も導入されていたようです。車体は金産。
BT100H改・・・BT系は、センタアンダ(中央床下)エンジンのシリーズで、大阪市や南海で多くが活躍していたタイプです。車体後部にエンジンがないので、後扉を低床化できるなどのメリットがあります。近鉄バスでは前二者が標準仕様のショート車であったのに対し、RE140型と同じロングボディ車を特注で導入しています。後扉がREとは逆に前に戸袋が付き、後扉の後ろに三角窓を1つつけているのが大きな特徴です(南海や大阪市の車両は三角窓がない)。右側面は非常口が中央に移動しており、後面はエンジンルーバーのないすっきりしたデザインとなっています。しかし、仕様が特殊だったこともあってか、REよりも先に引退しています。社内番号は3000番台。車体は金産。
【1973年式】 RE140・・・72年式とはマーカーランプの廃止、ウインカーの車幅灯付きへの変更、フロントオーバーハングの延長(1.84m→2.1m)などが見られます。金産製では最後の大型路線車となりました。
BT100H改・・・BT改もまた導入されています。仕様は前年式に準じます。
RL100・・・中型路線車として登場しました。狭隘路線などに運行できる車両として、以降増備が続けられます。全長もリヤオーバーハングも短いため、前中扉式で、非常口も中央に装備しています。側窓もスタンディーウインドーです。この年は金産製2台が導入されました。社内番号は0000番台。
【1974年式】 RE140・・・車体製造が帝国自工になりました。車体デザインは金産とはよく似ていますが、幾つかの違いが見られます(なお車体設計は金産もこの頃には共通化)。
前面パネル構造が違うほか、左側面では前扉窓が大きくなり、右側面では非常口窓が2段式から引き違い式に、最後部三角窓も下辺が斜めの金産製に対し、水平になっているのが特徴です。これらの変更で金産製にある野暮ったさが和らいでいます。なお、この年式まで前面にワンマン幕(行先幕の向かって右側)を装備していましたが、これは後に埋め込まれております。
RL100・・・前年に続く中型車で、やはり車体製造が金産から帝国になっています。REと違い、帝国と金産で車体の仕様を共通化していたため、見た目の違いが殆どありません。
(最終更新:2003.3.26)
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