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近鉄バス百科 車両篇1(車両史)

車両史 1967〜70年式


 【1967年式】 RB120・・・大型路線車の標準タイプとして製造されていたのがこのRBです。RB120はロングボディ車で、前後扉装備のワンマンカーはこの頃からの採用となります。
 車体については、金産自工(のち日野車体金沢工場、現在のトランテックス)と帝国自工(のち日野車体横浜工場、2002年閉鎖)の2種類があり、また製造時期によって多少違いがあるようです。近鉄バスの特徴的仕様としては、GMC型視野拡大窓(上下左右の4枚窓)や左コーナーの確認窓が挙げられます。この当時は後扉は折戸でした。また、車によっては今のブルーリボンシティを思い起こさせるような大きな確認窓をつけていたものもあったということです。
RBは4000番台の社内番号を付けていました。この年式が最後の製造です。
 RC100(P)・・・生駒山や信貴山の山岳路線向けには高出力のRCが活躍していました。RCは観光用にも多数使用されていたものですが、路線用としてもこの時期導入されていました。RC路線車もRBと同じような車体を架装していました。なお末尾にPがつくものはエアサス(空気バネ)をもったもので、独特のエア音が響いていたのも記憶にあります。

 【1968年式】 RE120/140・・・RBに代わる路線車としてこの年から製造されることになったのが、REシリーズです。社内番号は6000番台(1971年以降制定)となります。車体は金産製。
 REは、車体デザインを一新、エンジンなども改良されるなど、RBシリーズの後継モデルとして、近鉄バス以外でも多数活躍していたものです。RE120型は近鉄バスでは数少ない標準ボディで、RE140型はロングボディ車です。RE140型にはパワステが標準装備されていました(当時路線用では珍しかった)。また、SCG自動変速機(AT)の試用も行っていたようです。側窓はいわゆる「バス窓」と呼ばれるスタンディーウインドーから、近代的な上下2段式に変更、ヘッドライトは、当初照射角が大きい楕円形のものを左右1つずつ付けていましたが、ハイビーム時の欠点が見られ、これは後に丸型4灯に取り替えられています。
 近鉄では金産製としましたが、帝国自工製もデザインはよく似ています(後述)。右側面中央から後部に変更された非常口の幅が狭いことや、RBに引き続きGMC視野拡大窓のような特徴的な装備もなされていました。当時は後面にも方向幕があったほか、後面のエンジンルーバーは1枚(左側面にもあった)としています。
 RC100/300・・・RCシリーズもエンジンの高出力化と車体のモデルチェンジを行い、RC100シリーズからRC300シリーズとなりました(RC100も少数導入)。路線用もやはり導入されています。車体そのものはRE120型とほぼ同じです。これも金産製。

 【1969年式】 RE140・・・68年式と基本的な違いはありません。なお、路線車と共通のクリーム+茶色塗装だった観光バスについて、この年式からは白にオレンジと紫のデザイン(現在は防長交通に残る)としています。既存車についても変更がなされたようです。金産製。

 【1970年式】 RE140・・・この年式も金産製。変更点がいくつか見られた年式。大阪万博にあたる年だったため、導入も数次にわたっており、増備途中での変更もあるなど、興味深いものでした。
 前面は引き続きGMC型窓でしたが、ウインカーを細長のものから、ヘッドライト脇下部に自工会仕様のものに変更。さらに途中からは前面窓をGMC型から2枚窓で視野拡大を図った新タイプに変更しています(652*あたりからか?)。
 右側面にも変更が見られ、従来の狭い非常口は幅を広げられて位置が1窓分前に移動。非常口窓も上下2段式になりました。

(最終更新:2003.3.26)

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